『自分の感動を』
東京混声合唱団指揮者
田中信昭
良い社会とは、全体のために個々が犠牲になって創るものではない。
その中に住む一人一人が、まず自分の生き方を充分に生きること。その個々の活動力が集まって全体を営む大きな原動力となる。
個々が自分の生き方を存分に生きながら他の生き方と同時に在るためには、厳しい社会的ルールを守らねければならない。
良い合唱とは、全体のために個々の歌を犠牲にして創るものではない。
メンバーの一人一人が、まず自分の感動で自分の歌を歌い上げること。
その個々の感動が集まって全体を高める大きな表現力となる。
個々が自分の歌を存分に歌いながら他の歌と共に在るためには、厳しい技術的なルールを守らなければならない。
実力とは、あるときどれ程の仕事をなし得たかというような「結果」ではなくて、常に自分の現在の能力を最高に発揮しようと努力する、その働きかけの持続の「状態」をいう。
発声練習の仕方
はじめに
この文章は、合唱で用いることを前提に、歌唱での発声についてを「腹式呼吸」を中心にして書いてみました。
声楽の練習教本は共鳴について多くの頁を割き、腹式呼吸による歌唱法については触れられてさえいない場合があります。「腹式呼吸」による歌唱法を身に着けることにより、「声量と声の伸び、そして音域の広さ」を得て、発声という楽器を使いこなす術を身に付けて下さい。
・発声訓練のポイント
発声訓練のポイントは「発声訓練は呼吸の訓練である」というものです。
まず腹式呼吸という言葉をご存知かと思われますが、発声の基盤はその腹式呼吸です。発声訓練を長年行っているはずであるのに、なぜか思うように歌えるようにならない、というようなことがありますが、それは多くの場合、腹式呼吸と実際の歌とが結びついていない事が原因となっています。
発声練習の腹式呼吸の練習では「スー、スー」とやっても、いざ声を出す練習になると、その「スー、スー」の息はどこかへ行ってしまっていないでしょうか?歌に使う発声では、「スー、スー」の息のままで声を出します。ただしそれはすぐに出来るものではなくて、発声のメカニズムを組み替えるような過程を経る必要があります。腹式呼吸と歌が結びついている人の隣で歌うと、他の人と全然違う、ということが体感として感じられると思います。その違いの理由は、両者の間には一つの大きな断絶があるためです。発声の進歩は初心者から上級者までなだらかに続いているのではなく、発声のメカニズムの組み換えを行うことが必要です。
これはスキーの「ボーゲン」と「パラレル」の違いのようなものです。「ボーゲン」のままでは大変だしコントロールも難しいので、ある程度まで行ったら勇気を出して「パラレル」へ滑り方を変えなければなりません。
腹式呼吸で発声をしている人は、そうでない人が経過していない、一旦ある期間歌えなくなるような転換点を、程度の差はあれ経ているものです。
・「胸式呼吸」と「腹式呼吸」の違い
・胸筋 ・・・ 息を吐く為に周りから肺を圧迫する筋肉。
・横隔膜 ・・・ 息を吐く為に下から肺を押し上げる筋肉。肺の下にある。
(横隔膜は不随意筋であり、実際には周囲の筋肉の作用で結果的に動いています)
発声の仕組みにおいて、胸筋による発声は「胸式」、横隔膜による発声は「腹式」と呼ばれます。通常の場合、会話では胸筋を用い、歌唱では主に横隔膜を使います。歌唱に「腹式」が用いられる理由としては、横隔膜という筋肉の方が、「力強く、安定した」呼気が作れるからです。またもう一つの理由として、「胸式」では筋肉が胸の周りに分散している為に制御が難しく、また肺の中の空気を十分な量吐き出すことが出来ない、ということが挙げられます。
では「腹式」での歌唱とはどういうものかというと、例としては「深呼吸時の吐く息をそのまま用いた歌い方」です。「ふぅ~」という吐息で声を出します。イメージとしては「1m先のロウソクを吹き消す吐息で歌う」というものです。実際に「ハァ~、アアアア~」と声を出してみて下さい。腹式に慣れていない場合は、最初は息が漏れるだけでなかなか声にしにくいと思います。それは胸式と腹式では声帯の震え方が違うからです。そのため腹式に慣れていない場合は声帯が閉じずに息漏れすることになります。その息漏れする状態を覚えておき、発声訓練を常にその位置(フォーム)で行うことで「腹式」での歌唱が身に付いていきます。
胸式から腹式への発声の転換において、この声にならない期間を経ることで、腹式呼吸を歌に利用することが出来るようになります。逆に言えば、腹式呼吸は訓練したのにも関わらず、声量と声の伸びが得られない場合は、腹式呼吸と実際の歌が結びついていないことが原因です。
・腹式呼吸の訓練
腹式呼吸は、1m先のロウソクを揺るがす程度の吐息の要領で訓練します。この練習の目的は腹式での歌い方に慣れることにあります。
この訓練の内容としては、
-
①息の強さ
-
②息の強弱のコントロール
の2つがあります。
まず唇を軽く開けて、息を細く流します。そしてお好きな歌を何でも良いので息だけで歌います。声帯は鳴らさずに、息を吐くだけです。ただし声にはしないというだけで、息の量・強さなどは声に出す時のままで練習してください。時間としては、一日30分は行うと良いと思われます。
1番目の目標は腹式で息を強く流せるようになることです。2番目の目標は歌で使えるように強弱を付けることです。ある程度形が出来てきたら、各1小節毎の中でクレシェンド→デクレシェンド(< >)をする訓練をします。これが出来るようになると自分の意思で変化を付けられるようになるので、歌が明らかに変わります。
腹式呼吸の訓練は、半年は必要と思ってください。これは何故かというと、腹式呼吸に用いられる「横隔膜」は通常の場合は普段使われない筋肉なので、自由に使えるようになるには時間がかかるからです。例えて言えば、利き手ではない腕では文字を書きにくいのと同じことです。そして利き手ではない腕で利き手と同じように綺麗な文字を書こうと思ったら、やはり長い期間が必要なのです。
必要な筋肉は息を吐く訓練を通して結果として付いていきます。また筋肉は神経によって動くものです。神経を鍛えるには毎日一連の動作を繰り返すという訓練が必要です。野球や剣道の素振りと同じです。そうすることによって神経と筋肉がつながり、身体能力を向上することが出来ます。
この練習は歌のCD等を聴きながらやると効果的です。歌手と一緒に歌っているつもりで練習して下さい。練習が進んでくると歌手がどんな身体の使い方をしているのかが、体感として明瞭に知覚できるようになってくるでしょう。そうなると色々ある言葉に左右されずに、何が本当で何がそうでないのかを自分で分析・判断出来るようになります。
・声帯の訓練
腹式呼吸の次は、声帯の訓練に入ります。腹式呼吸での発声は、最初の内は息が漏れるだけでなかなか声にはしにくいと思います。その状態のままで、この訓練を行います。
まず息が漏れるのはなぜかというと、胸式と腹式とでは声帯への息の流れ方が異なるからです。胸式で声を出す場合はアやイなどのそれぞれの言葉に必要なだけの息しか流れませんが、腹式では息の流れ方が直線かつ一定なので声帯にも常に一定の息が流れることになります。そのため息の量と言葉とが一致していた胸式との違いから、腹式では息漏れしてしまうということになります。
では腹式では声帯をどのように使うかというと、例えて言えはバイオリンの「弦」を「弓」で弾くように、「声帯」を「息の流れ」によって震わせます。打楽器から弦楽器への移行といったところでしょうか。
実際の訓練の過程では、腹式呼吸で声帯を鳴らそうとすると慣れない間はガサガサとした聞き苦しい声になると思われます。それは普段使っている声帯の使い方ではないためです。2ヶ月程も我慢して訓練している内に次第に元の綺麗な声になっていきます。そのため慣れない間は大きな声を出す必要はなく、ささやき声程度で十分です。
そして、声帯が慣れてくるに従い、次第に以前とは比較にならないほどの、圧倒的な声量と声の伸びが出ているでしょう。それは、腹式呼吸の訓練で身につけた息の力強さを、そのまま歌に使えているからです。
・声帯の調整の仕方
声帯は1日訓練しないだけですぐに震えなくなっていきます。その理由は声帯の性質にあります。声帯は声を出す際に意識して鳴っているのではなく、息が通る結果として声帯が複雑に震えて音が作られます。そしてこの蠕動(ぜんどう)には習慣付けが必要なのです。「自分の声帯はどのように震えるのか」を把握しておき、常に「自分の声帯が一番軽く、柔らかく震える」状態にしておくことが大切です。
具体的な訓練方法としては、何かを「しながら」で構いませんので、ハミング(=口を閉じた、または軽く開けた状態での歌唱)で音階練習をしてください。もし声を出しても良い環境であればハミングでなくても結構です。この練習はもちろん腹式呼吸を使って行います。これは重要なことですが「毎日」行うことが大切です。時間は毎日15分は行う必要があります。
声帯を大きな声量が出せる状態にしておくことが非常に大切です。その状態にしておくと中くらいの声量がとても楽に出せます。そのため必ず一日に2~3分は全音域でf(フォルテ)の声量を出すようにします。声を出すのが難しい環境ではハミングで構いません。10の声量が出せる状態で7~8の声量を出すと、声帯で声を出している感じが無くなります。これが「声帯の抵抗ゼロ」の状態の作り方です。
声帯の調整について注意すべき点は「腹式呼吸で息を吐きながら」行うという点です。単に声帯を震わせるだけでは胸式での震え方に声帯が習慣付けされてしまい、かえって歌えなくなる原因となりますのでご注意ください。
声帯の振動の仕方の粒度という考え方も参考になるかも知れません。これは「声帯は高い音では細かく震え、低い音では大きく震える」というものです。例えば高い音では「プルプル」、低い音では「ブルブル」といった感じでしょうか。この振動数の違いで音の高さが決まります。高い音はあまり意識しなくても軽く出そうと意識するだけで良いのですが、低い音ではあまり細かく震わせようとするとその人本来の振動数と合わず、コントロールが上手くいかず、低い音が上手く出せないこともあるかも知れません。そのような場合は、少し大きく震わせるようにしてみると、上手くすれば「ピタッ」と嵌る感覚が訪れるでしょう。そうなれば、面白いように低い音が出るようになります。その際は呼吸をまず意識した上で探ってみてください。
声帯の鳴り方は普段から常に息の通る方向に向けておきます。なぜなら息の流れと異なる鳴り方にしていると練習の度に調整し直す必要があるからです。練習が始まってすぐに歌えるようにするためにも、息を通すだけで声になるように常に声帯のコンディションを整えておいてください。これはつまり話し声から腹式にしていくということです。これはいつもというのは難しいですが、なるべく気をつけるだけでも効果があります。
・身体の調整の仕方
身に付けた事を崩さない為には『声は、息を吐くことで出る』という事の習慣付けが効果的です。吹奏楽と同じと思って、歌う際はまず息を吐く事を意識することです。そしてたとえ1フレーズであっても普段から息中心に考えていくことです。このやり方に慣れれば声を出す事が驚く程楽になることでしょう。
息の強さというよりも息のスピードを意識することが大切です。強さの意識だと喉の力みにつながり、かえって声が出なくなる結果となるかも知れません。スピードを意識することで、喉を力ませることなく声質の豊かさを身に着けていけることでしょう。これは高声、低声どちらにも通ずることです。自分にとっての最大のスピードで全音域を歌える状態にしておけば、どんな練習・演奏会でも万全のコンディションで望めます。
息を吐けば声になる、息が先で声帯がそれについていく、息と声帯の振動が密接に関連付いている、そのような状態を自ら意識して作っていき、それを「観察」していくことで、どの状態が自分にとってベストであるかをつかめると思います。この表現は抽象的な表現なのでピンと来ないかも知れませんが、具体的には身体の状態が「声帯が大きな声量を出せる」「呼吸が最大のスピードを出せる」という2つの条件を満たした時に体感出来ることでしょう。
上記の状態になるとその場の空間を振動させるような声が軽く出せます。低声パートなら軽く「ブウン」という感じの声です。高声パートの場合、対象の音高に必要な声帯振動数を上回る息のスピードが出ている際に、「アー、アアアアア~」というようなビリビリとした圧を感じる声を出せます。
コンディションのバラつきの原因は、「息の吐き方(力点)」と「声帯の振動の方向性」の調整の失敗です。歌唱時のフォームと異なるフォーム(力点)で発声訓練を行った場合、歌唱時にきちんと声が出なくなります。それは「息が声帯の所でブロックされるような感じ」です。その場合は最短で2時間程度の調整のし直しが必要となります。息の力点(フォーム)については何回か失敗しながら理解していきます。
フォームについては「最低音で用いる息」を全音域に展開すると良いです。その際のフォームの組み換えには、声帯の調整に3日は必要です。1日目は息が声帯でブロックされて声が出ませんが、2日目には軽くなり、3日目からは元のように楽に出るようになります。これは無理せずに注意して慣らしながら行います。
注意点は、「最低音で用いる息」は簡単には使えるようにはならない、ということです。そのため念のため「最低音で用いる息」の訓練をまず行って、「ブワ~っ」と勢いよく出せるようになってからこの組み換えを行ってください。「最低音で用いる息」が使えない状態でこの組み替えに入ると、歌えない状態のままでストップしてしまいます。「最低音で用いる息」は慣れれば最大のスピードが出ますので、音域が全開し、音量も最大となります。
発声技術には様々なものがありますが、実際には「コンディションを練習・演奏会に合わせられる」人がいることで、合唱団の活動が上手く回ります。
・口腔を空ける訓練
口の開け方です。喉の奥を開ける(=喉チンコを上げる)ことで響かせる空洞が大きくなり、声帯の振動が効率的に声になります。具体的な訓練方法は、裏声の練習を応用するというものです。裏声を使う時は自然に喉の奥がカパッと完全に開きます。これを反射というそうです。その状態を鏡に映して観察し、実声においても同じ状態で声が出せるようにします。
・高い音の出し方
高い音を出す方法は「喉を上げない」ことが基本となります。初めの内はほとんどの場合音が高くなると喉が上がってしまうもので、決してこの癖は変でも珍しいものでもありません。
具体的な訓練方法は、喉から力を抜き平常のリラックスした位置で高い音を出すようにします。これは喉を力で押し下げる必要はありません。高い音であれ低い音であれ喉に力を入れることはありません。またここでは大きな声で練習する必要はありません。ガビガビした声でも構いません。この練習は「平常の位置で高い音を出す」ことに慣れることにあるので、最初の内は良い声を出すことを考える必要はありません。
2週間程度続けてそのやり方に慣れたと思われたら、次は声帯の調整に入ります。そこでは腹式呼吸で息を吐きながら、声帯を「軽く、柔らかく」震わせて下さい。高い音の場合は声帯の振動数はより多くなります。そのため特に「軽く」震わせることが重要です。
喉が上がらず、また声帯もその状態で震えるようになったら、腹式によって実際に声に出して練習します。その際、高い音はやはり相応の声量で出す必要があります。その理由は「高い音では声帯の振動数はより多くなる」という性質にあります。この振動数によって音の高さが決定されます。そのため声帯の振動数を多くするには息を必要なだけ使う必要があり、従ってそれだけ声量が出ることになります。
注意点は、腹式呼吸で歌えない間は高い音の練習をしても効果はないということです。必要な振動数は息のスピードで作られ、声帯の役割はその息の力を振動に変換するというものです。その意味では「達人になれば訓練しないでも実声で高音が出せる」という事はありえません。実声の高音とは「息」と「声帯の振動」のバランスにより生まれる均衡状態のことであり、そのバランスが崩れれば簡単に出なくなります。
もし小さな声で高い音を出す場合は「裏声」もしくは「息まじりの声」を用います。声帯の力を抜いてより「薄くする」ことで、比較的小さな声量で高い音の振動数を発生させます。ソプラノが高い音を軽く出せるのは、高い音で使うのが裏声だからです。ただし裏声でも最高音近くになると小さな声とはいかず、実声と同様に相応の声量が必要となります。
・低い音の出し方
低い音も高い音と同様に、喉から力を抜いて平常のリラックスした位置で出します。初めの内は低い音では高い音とは反対に喉が下がることが多いでしょう。低い音の場合、高い音とは異なり喉を下げても声は出ますが、それだと「高→低→高」という様に音階が上下動する場合に喉が上がったり下がったりしてしまいます。そのため喉の高さは「高い音」でも「低い音」でも常に「平常の位置」を定位置にします。
低い音は「出る、出る、出ない、出ない・・・」というように最下限の境界で「出る/出ない」がはっきりと分かれ、最下限より下は「息漏れ」となり音にはならないのが特徴です。もしかすかにでも音として出るのならば、その音はきちんと出せるようになる可能性があります。
高い音を腹式でしっかり出せている人でも、低い音では息がうまく使えない場合があります。その場合は低い音が上手く出せません。その判定方法は自分の「最低音を出そう」と意識して息を腹式で出すことです。その際「ブワ~ッ」と勢いよく息を吐ける人はそれで良いのですが、もし「ヒュルヒュル・・・」くらいしか息が出ない場合は「最低音での息の訓練」が必要です。自分の最低音を出す時をイメージして息の訓練をして下さい。高い音で腹式呼吸が使えるのならば1週間もあれば使えるようになるでしょう。そして「最低音の息」で全ての音域を歌えるようにすると、一番声量が出るようになります。
最低音での息が使えるようになったら、息の流れに声帯を添えて声にする練習に入ります。そこでは「声帯を使おう」とは意識せず、自分の声帯が「自然に震える」状態を探りながら練習します。「息が勢い良く出る状態」で「声帯も自然に震え」るようになれば、低い声が相当な声量で出ることでしょう。
・息の吸い方
息を吸うことで重要なことは「一瞬で息を吸う」ということです。歌唱時は「ハッ」と吸った後は、休符までずっと息を吐き続けます。酸素は「息を吸う過程で吸収」するのではなく「息を吐き続けている時に吸収」します。一般的には「息を吸う過程」で酸素は取り入れられると考えられています。しかし人は「一瞬で息を吸って」「それ以外は息を吐き続ける」ということの繰り返しでも呼吸が可能です。つまり肺としては定期的に新たな空気が取り入れられさえすれば良く、あとは人が空気を吸おうが吐こうが気にしません。最初は常識に対する抵抗感のような変な感じを持つでしょうが、人体の構造として可能なことなので1日も訓練すれば慣れることでしょう。これは訓練というよりは慣れの問題です。すると息を吐く間にこそリラックス出来るようなります。こうすることで「息継ぎを可能な限り一瞬で行い、それ以外は音を出し続ける」ということが出来るようになります。これが出来ると息を吐くことが苦しくないため、歌うことが楽になります。
息の吸い方には色々なやり方がありますが、「息を吐きながら酸素を取り入れる」という根本的な事柄を押さえておけば、それぞれに対応出来ると思います。息を吸うということに関してどうもピンと来ない人も、人は「息を吐きながら酸素を取り入れられる」から「息は一瞬で吸えば十分なのだ」と考えれば、きっと何かしら合点がいく所もあるのではないでしょうか。
「一瞬で息を吸う」には横隔膜のバネを使います。「ハッ」と吸って息を一気に補給出来るようにします。腹式呼吸の訓練をした人なら「ハッハッハッ」と連続でも息を吸えることでしょう。息は「○○筋を使い・・・」などと考えては吸いません。それ自体は特に難しいことではありません。「息を吸う量」は「吐いた息の量」に従って調節します。余り吸いすぎると過呼吸になり、逆に吸わな過ぎると酸素不足になります。またリズムの中でどのタイミングで息を吸うかも大事です。一瞬で息は吸えるので、余り早くに吸うと出だしに困ることになります。
息を吸う経路には「鼻から」と「口から」の2つがあります。それぞれ利点と欠点がありますが、これはどちらでも好きな方で良いと思います。「鼻から」は一般的にその穴の大きさからいって一気に大量に吸うことは出来ませんが、呼吸器官の乾燥を防ぐことが出来ます。「口から」は喉が乾燥しやすいですが、一気に大量に吸うことが出来ます。
・息を流す
発声法の最後に一番大事な事柄を書かせていただきます。それは「息を流すこと」です。
まず前提として、「実際の合唱で必要な要素」をここでは以下の3つとします。
-
①正しい音が出せる
-
②声量に幅がある
-
③声に伸びがある
そして上記3つの為の訓練方法が「息を流す歌唱法」なのです。
①「正しい音」
厳密に言えば髪の毛一本ほどの微妙な差でも出し分けられることです。それが出来て初めて「はまった」和音が出来ます。息を流して歌っていれば音の高さを固定させずにいることが出来るため、音の高さを常に微妙にずらすことが可能です。それは例えば「ヘリコプターが空中で静止している状態」とでも言えましょうか。
②「声量の幅」
息を流して歌っていれば横隔膜の力を直に利用できるので非常に大きな声を出すことが可能です。また小さな声を出すことは、声帯に力を入れた歌い方でなければ特に困難なことではないでしょう。
③「声の伸び」
息の流れにただ声を乗せるだけで可能です。これは発声のメカニズムを体感した方はすぐに気づかれることでしょう。
その具体的な訓練方法ですが、「息を流す」とは声の出し方のイメージとして説明される場合もあると思いますが、ここではそうではなく本当に「息を流し」ます。「フゥ~」と細く息を吐きながら音を出す感じです。「ド ミ ソ」と音階移動する際も「フ、フ、フ」ではなく本当に「フゥ~」の1つの息の中で「ド ミ ソ」と移動します。慣れない間は声帯を「つかめ」ない苛立ちが出るかも知れませんが、慣れてしまえば声帯を「つかむ」のではなく「常に触り続ける」感じになるでしょう。
このやり方の効果ですが、「音階移動でピッチ修正に手間取らない」というのが一番大きいです。「フ、フ、フ」では声帯が断続して動くため、それぞれの音に対して毎回調整が必要ですが、「フゥ~」の中であれば声帯は常に同じ流れの中で変化するので非常に「スムーズ」かつ「楽」に移動できます。車で言えばマニュアル車のガコガコではなく無段変速オートマ車といったところでしょうか。慣れれば今まで難しかった複雑な音階移動も可能になります。ポリフォニー声楽曲などは音階移動が細かくまた言葉が長いので、この歌い方でないと困難を感じることでしょう。また歌は基本的に「レガート」で歌うと思います。というのも「ことば」は単語であり、単語であるならばつなげる必要があるからです。レガートで歌うには音をつなげなければなりませんが、その際にこそこの「息を流す」歌唱法は威力を発揮します。
訓練に用いるのは「ハミング」が良いでしょう。実際に声を出してでも良いのですが、「息を流す」という状態を日々確認・検証するにはなるべく声にしないでの訓練の方がやりやすいと思われます。またハミングには「どこででも出来、周りに迷惑もかけない」という利点もあります。日本の家屋事情から考えて、大きな声を出しての練習は不可能だと思いますが、ハミングなら練習が可能でしょう。そしてハミングの練習の上で声に出しての個人練習や合唱のアンサンブル練習を行うと良いと思います。
訓練に際しての注意点として、息は横隔膜のバネを使い、声帯はイメージとして「つかむ」のではなく息の流れの中で「常に触り続け」ます。
・・・それでは、おめでとうございます!(^^)。